新井白蛾「易学小筌」増補版――江戸の智恵を日常に生かす、庶民目線の易占入門

新井白蛾「易学小筌」増補版


東洋最古の原典とされる『易経』。古代中国の智恵が詰まった書物でありながら、実際に手に取ってみると「龍が雲に乗り……」「大川を渡るに利あり」といった抽象的かつスケールの大きすぎる言葉が多く、現代の私たちが日常の悩みに照らし合わせるには少々ハードルが高いと感じられることも少なくありません。


本来、易占とは古代の皇帝や為政者が天下の国家大事を決断し、天からの声を聞くためのものでした。そのため、記述の多くが君主や武士、貴人の立場を前提として書かれているのです。


しかし、そうした伝統的な易学の枠組みをがらりと変え、江戸時代の人々の「日々の暮らし」に徹底的に寄り添う形で読み解いて見せた易学者がいました。それが、新井白蛾(あらい はくが)です。


暖淡堂書房から刊行されているKindle書籍『新井白蛾「易学小筌」増補版』は、この白蛾の名著を現代訳でわかりやすく蘇らせた、まさに現代人のための実践的な易学入門書となっています。


■ 庶民の目線で読み解く「六十四卦」の親しみやすさ


新井白蛾は正徳5年(1715年)に江戸で生まれ、朱子学を学んだ後に京都で易学を修め、加賀藩校の明倫堂設立にも関わった屈指の学者です。しかし、彼の真骨頂は単なる難解な学問にとどまらず、「いかに一般の人々の生活に役立てるか」という実用性を追及した点にありました。


その思想が最も色濃く表れているのが、本書『易学小筌』です。


本書の最大の特徴は、すべての卦の説明が「庶民(平民)」の目線に合わせて書かれていることです。たとえば、易経の中で最もおめでたいとされる筆頭の卦「乾為天(けんいてん)」についての白蛾の解説を見てみましょう。


「この卦は公家大名以上の貴人には吉ではあるが平民には凶である……これの意味するところは、俗にいう『位負けする』ということ。」


最高峰の強大なエネルギーを持つ卦であっても、市井に生きる普通の人間がそれを得たならば、分不相応な高望みや慢心によって失敗してしまう。いわゆる「位負け」への戒めとして、日常生活に即した具体的な注意を促すのです。


他にも「夫婦の口論」「住居の悩み」「失せもの(落とし物)のゆくえ」「旅行の成否」など、私たちが日頃抱くような生活上のリアルな苦労や迷いに対して、白蛾は驚くほど直接的で親身な回答を提示してくれます。古代の抽象的な王道の教えを、一気に「身近な暮らしの指針」へと翻案してくれる点こそ、白蛾の易学が持つ最大の魅力です。


■ 江戸の儒学者・新井白蛾が示した「生きるための実践知」


白蛾は学者でありながら、現実の人間関係や世の中の厳しさを深く理解していました。だからこそ、彼の易断には「高飛車な道徳論」ではなく、「市井を生き抜くための現実的なアドバイス」が満載されています。


・「自分の持ち物を配るつもりになれば、それにともなって世話などの苦労も伴うものと知るべし」(乾為天)

・「諸事控えめにするのが吉……自分の強気負けん気を出すと凶である」(地山謙)

・「一度はよくないことがあっても、改めてよいことに向かう時節」(地雷復)


このように、厳しい状況にあっても無用な衝突を避け、時節を待ち、足元を固めて着実に生きるための知恵を授けてくれます。「今は動かず退くべき」「他人の意見に耳を傾けるべき」といった白蛾の示唆は、現代社会でストレスや人間関係に悩む私たちにとっても、そのままメンタルの処方箋として機能するものです。


■ 付録の「八卦と卦の立て方」で易の仕組みがすっきり分かる


本書のもう一つの大きな見どころは、充実した付録にあります。


『易経』を勉強しようとして途中で挫折してしまう原因の多くは、「卦(かけ)」をどう作ればいいのか、どのように変爻(へんこう)を読み解けばいいのかが分からなくなることにあります。


本書の付録では、伝統的な50本の筮竹(ぜいちく)を使う正式な「筮法」から、サイコロや3枚のコイン(銭)を使った手軽な「擲銭法(てきせんほう)」、さらには手作りのカードを使って一瞬で卦を立てる方法まで、初心者でも今日から実践できる様々な方法が非常に丁寧に解説されています。


特に、変爻(老陽・老陰)によって状況がどのように変化(之卦へ移行)していくのかという動的なプロセスについての解説は一見の価値があります。解説中の「火雷噬嗑(からいぜいこう)」から「山雷頤(さんらいい)」への変化の例のように、固いものを噛み砕くプロセスを経てやがて身を養うものへと至るストーリーを紐解くことで、易経が単なる「当たる・当たらない」の占いではなく、物事の変遷と法則を教える優れた哲学書であることが実感できます。


■ 現代の「易暮し」に活かす、一生ものの座右の書


ブログ「易暮し」でも紹介されているように、易を学ぶということは、運勢を予測すること以上に「自分の現在の立ち位置を知り、これからどう振る舞うべきかの覚悟を決める」ことにあります。


新井白蛾が『易学小筌』に込めたのは、難解な古典の知識をひけらかすことではなく、市井の人々が日々の選択に迷ったとき、そっと背中を押したり、暴走を優しく止めたりしてくれる「暮らしの道具」としての易学でした。


・人生の選択肢に迷ったとき

・人間関係や仕事で壁にぶつかったとき

・古典の深遠な世界に触れて心を整えたいとき


Kindleで気軽に読める『新井白蛾「易学小筌」増補版』は、現代を生きる私たちのデスクやスマートフォンの中にそっと置いておきたい、味わい深い「人生のガイドブック」です。江戸の智恵者が残した温かいメッセージを、ぜひあなたの日常の暮らしに取り入れてみてはいかがでしょうか。


新井白蛾「易学小筌」増補版

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