猫のように身軽に生きる——暖淡堂書房『猫は一度目の一度切りを生きている』が教えてくれる「繰り返さない日常」と心の整え方
「明日もまた、あの人に嫌なことを言われるのではないか……」
夜中にふと目が覚め、過去の失敗や人間関係のモヤモヤ、翌日の仕事への憂鬱さが頭を駆け巡って眠れなくなる——。そんな夜を過ごした経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
今回ご紹介する暖淡堂書房のKindle書籍**『猫は一度目の一度切りを生きている』**は、そんな「過剰な心配と不安のループ」から私たちを軽やかに連れ出してくれる、深い洞察と温かな救いに満ちた一冊です。
💡 本書の核心ポイント(この記事で伝えたいこと)
「また同じことが起きたらどうしよう」という心配は不要: 全く同じ出来事・同じ状況が繰り返すことは構造的にあり得ません。
どんなことも「繰り返さない」と知る: 人も自分も日々変化しており、あらゆる瞬間は「一度目の一度切り」です。
経験は不安の材料ではなく「必ず役に立つ知恵」: 過去をくよくよ悩むことと、経験を活かすことは全く別物です。
猫のように「今」を身軽に生きる: 言葉にとらわれて世界を狭めるのをやめ、過剰な心配を手放すのが一番の生き方です。
1. 深夜の不眠と「不機嫌のループ」——私たちが抱える不安の正体
物語は、著者が夜中にふと目を覚ます場面から始まります。一度目が覚めてしまうと、頭の中には「起きたらまた仕事だな」「あの人はどうしてあんな話し方をするのだろう」「この状況をいつまで我慢すればいいのか」といったネガティブな思考が次々と湧き上がり、明け方まで寝返りを繰り返すことになります。
こうした不眠や不機嫌は、数日から一週間も経てば自然と忘れてしまうことが多いものです。しかし、しばらくするとまた同じような嫌な出来事が起こり、再び不機嫌な日々へと戻ってしまう。何年も同じような経験を重ねてきたはずなのに、なぜ私たちはうまく乗り越える方法を見つけられず、何度も家族や周囲に心配をかけてしまうのでしょうか。
そんな思考の迷路の中で、著者は子供の頃から好きだった「猫」の姿に目を向けます。
2. 猫のしなやかさに学ぶ——嫌なことから自然に距離を置く生き方
猫の生き方は、人間に比べて圧倒的にシンプルで身軽です。
猫は嫌なことがあれば嫌がりますが、そこから逃れて危険が去ると、すぐにそのことを忘れてしまいます。そもそも嫌なことからは自然と距離を置き、身の危険に対処した後はスッと力を抜いて、安全だと分かればすぐに日だまりでうたた寝を始めます。
不機嫌そうな顔をした猫を見かけることはあっても、それは単に顔の造りがそう見えるだけであり、猫が過去の出来事を根に持って周囲に当たり散らしたり、まだ見ぬ未来を思い悩んだりしている姿には出会ったことがありません。猫の足取りは、いつだって軽やかです。
人間としての暮らしを捨てることはできませんが、猫のように過剰な心配を抱え込まず、もっと身軽に生きることはできないのだろうか——。著者は布団の中で、言葉と人間の思考の仕組みについて深く考えを巡らせていきます。
3. 思考の実験:「同じもの」「同じこと」は本当に存在するのか?
私たちが「また同じ嫌なことが起きたらどうしよう」と不安になる前提には、「同じ出来事が繰り返される」という思い込みがあります。しかし、著者は「鉛筆」の例えを用いて、その前提を見事に解き明かします。
「鉛筆」の例えが教えてくれること
机の上に数本の鉛筆があるとします。誰かに「鉛筆を貸して」と言われたとき、私たちはどれを渡せばいいか迷いますが、「赤い字が書けるやつ」と言われれば、該当する1本だけを特定して渡すことができます。
「鉛筆」と呼ぶときは、メーカーの違い、芯の硬さ、軸の色といったそれぞれの固有の特徴を無視して、「共通の機能」だけを見てまとめています。箱から出したばかりの新品の鉛筆であっても、削り断面の木目や置かれている位置が異なるため、厳密には「まったく同じ鉛筆」は存在しません。
「ヒト」も「日々」も二度と繰り返さない
これは人間や日々の出来事についても全く同じです。「人間」という言葉でくくれば人数を数えられますが、一人ひとりの経験や年齢、体調、価値観を細かく見ていけば、誰一人として同じ人はいません。自分自身でさえ、1年前の自分と今の自分では経験したことが異なり、常に変化し続けています。
同様に、暦の上では同じ「夏」や「朝」であっても、天気も、雲の形も、起きたときの体勢も毎日異なります。生きている日々の中で、完全に「同じこと」が繰り返されることは構造的にあり得ないのです。
4. 「また同じことが起きる」という錯覚——言葉が作り出す幻想
では、なぜ私たちは「またあの人に嫌なことを言われるのではないか」「また同じ目に遭うのではないか」と恐れてしまうのでしょうか。
その原因は、人間が持つ「言葉」にあります。
言葉は共通の特徴だけを切り取って一般化するのに便利なツールですが、現実には存在しない組み合わせ(例えば「翼のある馬」や「明けない夜」など)を頭の中で作り出すこともできてしまいます。
私たちが恐怖や不安を感じているとき、実は「過去に一度起きた嫌な出来事」と「誰かの名前や特徴」を言葉の組み合わせで再現し、ありもしない未来の恐怖として勝手に頭の中で再生しているに過ぎないのです。
嫌な皮肉を言ってきた職場のあの人も、一週間経てば一週間分の経験をして変化しています。自分自身も一週間分変化しています。次にその人と対峙したとき、一見似たような場面に見えても、それは「前のときとは違う、新しい一度きりの場面」なのです。
5. 経験は不安の材料ではなく「必ず役に立つ知恵」
ここで重要なのは、「過去を忘れる」ことと「過去の経験を活かす」ことの違いです。
🔍 似ているようで全く違う3つの姿勢
過剰な心配(くよくよ悩む): 過去に起きた恐怖を言葉で再現し、「また同じことが起きる」と勝手に想像して引きこもること。
経験を活かす(学び取る): 過去に起きた事実から客観的な対策を導き出し、次の行動に役立てること。
身軽な準備: 万が一の危険に備えて準備をしつつ、今危険がないのなら陽だまりで寛ぐこと。
過剰な心配は、あり得ない恐怖で自分の世界を作り上げ、動ける場所を狭めて息苦しくしてしまいます。しかし、過去に経験したことは、決して無駄なトラウマではありません。経験はすべて、次に似たような状況が訪れたときに賢く対処するための「蓄積された知恵」として必ず役に立ちます。
「前にも似たようなことがあったな。でも今回は自分も経験値が増えているし、相手も違う状態だ。だから大丈夫」と考えをシフトさせることができれば、経験は自分を守る頼もしい武器へと変わります。
6. 猫のように「一度目の一度切り」を身軽に生きよう
猫は言葉を使って難しく考えすぎたりしません。だからこそ、過ぎ去った過去に囚われて不機嫌になり続けたり、まだ見ぬ未来を恐れて身動きが取れなくなったりしないのです。危険が迫れば素早く逃げ、危険がなければただ目の前の心地よさを享受する。それこそが、一番生き生きとした生き方です。
「考えすぎて、生活から、生きているものの輝きを奪わないこと。
考えすぎている自分の状態からは、身軽に逃げよう。
僕も、一度目の一度切りを生きているのだから。」
(『猫は一度目の一度切りを生きている』より)
私たち人間もまた、毎日、毎瞬、「一度目の一度切り」の人生を生きています。昨日と今日は違いますし、今日と明日も違います。過去に嫌なことがあったとしても、全く同じことが繰り返される心配は要りません。
もし夜中に目が覚めて不安に襲われたら、猫の姿を思い出してみてください。「言葉で考えすぎて身体を重くしていないか?」「あり得ない繰り返しを恐れていないか?」と自分に問いかけ、重い思考からサッと身軽に逃げ出してみましょう。
過剰な心配を手放し、経験を優しく抱きしめながら、今日という「一度切り」の瞬間を軽やかに歩んでいきませんか。
📖 書籍情報
タイトル: 猫は一度目の一度切りを生きている
著者・レーベル: 暖淡堂書房(Kindle電子書籍)
こんな人におすすめ:
仕事や人間関係のストレスで夜眠れなくなる方
「また同じ嫌なことが起きるかも」と先々の心配をしてしまう方
心を軽くして、猫のようにシンプル&身軽に生きたい方
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